



























クライアントである企業の創業80周年記念事業の一環として進められた、テナント・オフィス・住戸から成る、複合用途建物のリノベーション(大規模耐震改修)計画です。
内部のしつらえは全て一度撤去され、構造的な補強が施されつつ、電気や給排水に関わる設備や表層のデザイン、内部のプランニングや用途は完全にリニューアルされています。クライアントからは、企業理念を十分に反映した建築とすること、街と共存する建築であること、少なくとも後30年以上は利用可能な建築とすることなどが求められました。
>前提条件・解釈
大規模なリノベートを計画するほとんどの場合がそうであるように、この計画も「新築するべきか?それともリノベートすべきか?」というところから議論が出発しました。当初、私たちがクライアントから相談頂いた際にも、いくつかの企業が「既存の建物を取り壊して新築すべきだ」とアプローチをかけており、「新築 対 リノベート」という構図で議論が進みました。私たちプロジェクトチームの共通認識として、「この建物は残すべきではないだろうか」という意識がありました(私自身、この計画のお話しを頂くずっと前より、そこにクライアントの建物があることは知っていました)。それは、年月を重ねた既存の建物がとても良い雰囲気をもっていたという直感的な判断もありましたが、何よりもまず、天神・大名・今泉などの福岡市中心地区に徒歩圏内であるという、圧倒的な立地条件の良さがありました。既存の建物を取り壊して新築しなくとも、既存の建物に新しいイメージを忍ばせるだけで事業として成立する可能性は十分にある、そう判断していました。
リノベートを選択する大きな利点として、「初期投資を抑えることが出来る」ということが挙げられますが、その反面、「新築並みの賃料設定は難しい」という一般常識が存在します。私たちは、クライアントから求められた「新築同等以上の賃料設定と利回り」を実現するために、建物の表面的なデザインをどうするかということだけでなく、内部のゾーニング(どこにどんな用途を配置するかなど)についての議論に多くの時間を費やしました。福岡における「薬院」という場所の立地条件の良さと相反して、建物を取り巻く環境は、それほど望ましいものではありませんでした。7階建てのこの建物のすぐ南側には、大きな14階建ての集合住宅が、手を伸ばせばその外壁に触れることが出来るほど近接して建っており、西側には採光を望めるような窓はひとつもありませんでした。また、前面道路を挟んで北側には大きな立体駐車場があり、唯一開かれた東側でさえ、道路を隔てた平面駐車場に、いつ大きな建物が建ってもおかしくない状況でした。
そのような状況の中でも必ず快適な室内空間をつくる手段はあるはずであり、私たちはその糸口を見つけ出すために、まず、徹底的に建物を取り巻く状況や建物自体の特徴などを把握することを行いました。建物の内部を一部屋ずつ確認し室内から外部を見渡してみたり、設備配管経路や換気口の位置などを確認し、その発展可能性などを検討しました。時には、外に出て近くや遠くから建物を眺めてみる。そんなことを続けているうちに、階高の低さや住戸区画の狭さなどの計画にとって不利な点とは別に、東西に走る交通量の多い大通りから100m程北に入っただけであるが室内は思いのほか静かであること、南側に大きな集合住宅が建っているが上階に上がれば上がるほど、また、西側の区画に行けば行くほど快適な採光とプライバシーが確保できること、人通りの多い角地に建つ建物はとても目立つことなど、そこで得られたものは計画の方向性を決めるための十分な情報を得ることができました。
>設計
私たちは建物の特性を踏まえた上で、まず、クライアントの本社事務所や賃貸住戸や賃貸事務所、テナントスペースの配置など、建物内部の大まかな断面構成の検討を進めました。良好な室内環境を得ることが出来る上階は住居色の強いものを、下階は事務所など商業色の強いものを想定することが計画の軸となり、また、1階はとても人通りが多く、テナントスペースとしての可能性が十分にあることなども大きな判断基準となりました。最終的には、1階がテナントスペースと貸事務所スペース、2・3階がクライアントの本社事務所、4階が賃貸事務所、5〜7階が賃貸住戸(小規模な事務所としての利用も可能)となっています。「1階をクライアントの本社事務所として利用するのか、それとも、テナントスペースとして提供するのか」ということは、最後の最後まで議論の争点となりました。これまで建物が完成してから30数年もの間、クライアントの本社事務所が街角を彩り続けてきたのであり、そこを他の人に明け渡すことに何かしらの抵抗を感じることは、私たちも大いに理解できました。しかし、本社事務所はどちらかというと、限られた人しか入ることの出来ない空間であるため、誰でも立ち寄ることが出来る店舗のようなスペースの方が、街と共に存在し続けることを目的とした建築にとってより相応しいと思えたことと、それによって生まれる賃料収入が決め手となり、最終的に1階はテナントスペースとして提供されることとなりました(現在、自転車の販売を行う店舗が入居している)。
大まかな断面構成の検討と並行して、計画着手前に行っていた既存躯体コンクリートの圧縮強度試験(コンクリートの強さを測定する試験)の結果を基に耐震補強計画を進めていたのですが、想定よりもコンクリートの強度が低かったこともあり、現行の基準(耐震改修法などの)を満たすためには、1〜5階までにそれに応じた耐震補強を施す必要があることがわかっていました。補強の方法は、コンクリートの耐力壁を増設する、鉄骨の耐震ブレースを設置する、柱を炭素繊維で巻くなど様々な方法があり、補強を行う部分や空間の特性やコストなども考慮しながら、適宜、最適な工法を選んでいくことになります。今回の計画では、どうしても4・5階部分に1箇所ずつ鉄骨ブレース(柱と梁に4周を囲まれた部分の対角線上に「×」を描くように設置される)が必要となり、そうすると、廊下からその区画に入る入口を設けることが出来ない部分が出来てしまいます。そこで、約50㎡×3住戸だったところを(この3住戸の真ん中の区画に補強が入る)、約75㎡×2住戸とする(真ん中の住戸を半分の広さに分割し、その左右の住戸に足し合わせる)ことでこの問題を解決しています。しかし、そのことが結果として、それまでには無かった広い区画をつくり、この計画を魅力的なものとすることに繋がっています。それぞれの部屋のプラン(間取り)は、必要最小限の間仕切りやしつらえのみを用意することを前提としており、そのスペースをどのように使うかの選択権は、基本的には入居者それぞれの想像力に委ねられています。かといって、倉庫のような何もない空間をつくるということではなく、その利用を想像させるだけの僅かなしつらえは忍ばせたいと考えました。
各スペースの大きさやそれに基づいたプラン(間取り)を検討すると同時に、どのような材料で仕上げるのかということも併せて検討する必要がありました(実際には断面・区画・住戸の計画、仕上げ材の選定など作業が、それぞれが全て関係し合いながら全体的に進んでいくのだが)。私たちには、計画をはじめた当初から、ずっと気に掛かっていた言葉がありました。それは、「企業理念を十分に反映した計画とすること」という、創業してからこれまでの80年間、商空間を通して一般消費者の生活や価値観を先導することを目指してきたクライアントから、このプロジェクトの前提条件として示された言葉でした。
通常、賃貸として提供される事務所や住宅は、十分な市場調査などに基づき計画されるものでしょうが、殆どの場合、その仕様や仕上げはコストと取替のしやすさを前提として選定されています。私たちはこの計画において、悪くなったら新しいものに取り替えられるようなものではなく、入居者の方々自身で手入れが可能な(入居者の方々にはメンテナンス方法等が記されたしおりが渡されている)、手入れを繰り返しながら半永続的に利用可能なものを使用しています。既存の価値観に基づいたものではなく、これからの時代の新しい価値観を育てていく契機となるような状況を目指すことが、「これからの京屋」の価値観として相応しいのではないかと考えました。
>工事
今回の計画では、工事完了後も今までと同様にクライアントの本社事務所が入居することになっていました。通常であれば一度建物から退去して頂き、建物の中を空にしてから工事を進める方が工事は進めやすいのだが、そうすると、工事費などとは別に、仮事務所の家賃や引っ越し費用が発生してしまいます。計画段階で、着工日と竣工日を設定し仮工程を組んでみたところ、工程的にも技術的にも、本社事務所が建物内に存在しながら工事を進めることが可能であることがわかり、工事の進行状況に合わせて事務所が建物内を移住しながら、段階的に進められることとなりました。私たちがリノベートを行う場合、どれくらいのスパンで建物の利用を想定しているかにもよよりますが、殆どの場合、現在の(耐震改修法などの)法規制に合致するように構造計画を行うようにしています。建物の「耐震性能」を向上させる方法として、構造的な補強を施す、構造的にまだ余力のある柱等に荷重を分散させるなど、様々な方法があるが、私たちの計画では、頻繁に建物の自重を軽減することを行います。計画上・構造上、不必要なコンクリートの躯体を積極的に解体・撤去し建物の体重を減らすことで、相対的に耐震性能を上げることを目指すのですが、その場合、とても大きな音と埃などが問題となります。今回の工事は、クライアントの本社事務所が建物の中に居ながら工事を進める必要があったため、それを可能にするための事前の意思疎通が必須条件でした。本社事務所の営業と工事作業を円滑に進めるために、コンクリート躯体の解体を行う時間や内装などの仕上げ材料を解体する時間、その解体された材料はどこを経路として建物外へ搬出するのかなどの施工的問題と、本社事務所のスタッフの動線をどこに確保するのか、今週の重要な会議や来客が何時なのかなどの事務所的問題などを計画に関わる全者が把握し、それに併せて、工程計画・動線計画が実施されました。なお、建物内の事務所移転は、連休などのを利用した計画としていたため、それに関わる本社事務所の営業停止期間は、最小限に留められています。
また、計画・設計を進めている段階に1階テナントへの入居希望者からのアプローチがあったため、全体の工事完了よりも先だって1階をテナントスペースとして利用可能にする必要性が出てきました。結果的にそれに応じた電気設備や機械設備の計画を行い、テナント入居者(自転車販売店)の方々は、全体の工事完了より3ヶ月も先に、店舗を開店させることができました。これは、クライアント・施工会社・設計者・テナント入居者の密なコミュニケーションが可能にしたことであるが、これによってクライアントには想定よりも早い段階での賃料収入がもたらされています。幸運なことに、他の賃貸スペースにも工事完了前のかなり早い段階で全室入居予約が入ることとなり、建物の竣工引渡後、すぐ翌日から数組の入居者の方々が引っ越されて来ることが決まっていたため、工程管理には細心の注意が払われました。
リノベートで一番大変なことは、良くも悪くも、既に建物が存在することです。建築という作業が、平面的な情報を基に立体的な建物をつくっていく作業であり、図面を描いた人とは別の人が実際に手を動かして工事を行うことが殆どであるため、計画図通りに建物は出来上がっていないことも多々あります。そのため、計画に入る前に、如何にして既存建物の正確な大きさや形状を把握するかが、円滑に工事を進める上で大きなポイントとなります。「建築は図面通りに出来ていない」ことを前提として進むリノベートの工事現場では、適切な現状把握とそれに対応した変更案製作が常に繰り返されます。この計画でも、クライアントが保管していた30数年前の建設当時の図面と、実際に出来上がっている構造躯体の位置や形状に大きな食い違いがあり、私たちはその対応に追われることになりました。しかし、そこにはデメリットだけでなく、「つくりながらリアルタイムで考えることが出来る」という、ある種の臨場感があり、設計図と実際の建物の形状が大きく異なり工事の進行と共に検討を繰り返したことで、より良い空間が出来たとも思っています。
>考察
リノベーション計画を行う際に、一番大切なこととは何だろうか。その建物や形・デザインを残すこと自体にも大きな意義があるが、私たちは、それ以上に大切なことがあるのではないかと考えています。この計画では、出来る限り設計者の意図が直喩的に表現されたものにならないように心がけ、計画が進められました。それは、建物を残すことによって生まれる新しい関係や活動にこそ意味があり、新しく生まれた価値を受け継いでいくことが重要であると考える、私たちなりのスタンスの表明でもあります。
ここでデザインしようとしたものは、既存のまま残された外壁からにじみ出てくる内部だけであり、建物の外壁は文字通り何もデザインしていません。化粧の施された表層ではなく、その深層をデザインすること。徹底的に内部のデザインに徹したことは、クライアントの街や社会に対しての意思表示であり、外壁をつくらなかったことが結果として、このプロジェクトの方向性を大きく特徴づけるものとなりました。